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毎日を楽しみながら生きるということ

楽しいこと大好き。いつの間にか40代。妻とうさぎと暮らすおっさんの日常を綴ったブログだす。

利害関係が有る?無い?

利害関係とはいわゆるビジネスのような関係性を

 

指すものだと認識していた。

 

利益や害が互いに影響しあうような関係。

 

これは今でも変わらない。

 

 

そうそう、ブログ等で自分が仲が良いと言っている仲間との

 

交流を画像付きでアップしている方の中には、

 

「利害関係が無いから仲間って素晴らしい」みたいなことを

 

綴っている人も多い。

 

 

しかし、そのような記事を散見するたびに凄く不思議だったのだが、

 

利害関係がない関係性で人と付き合うってありえないだろ???

 

どんな関係であっても、関係性が発生した場合、

 

そこには必ず利害も生まれるはずだ。

 

友達同士だろうが、恋人同士だろうが、夫婦だろうが、

 

互いにメリットがある限り、その関係性は持続するが

 

デメリットが上回った時、別離の道が生まれてくるはずだ。

 

 

この人と一緒に過ごしたいなのか、過ごしても構わないなのか、

 

本人の本音は別にして、この人と一緒には過ごしたくないという

 

自分にとっての害が生まれていたら、関係性の持続はあり得ないはずだ。

 

つまり、少なくとも関係性が持続しているということは、

 

自分にとって何かしらのメリットである利益を感じているからこそ、

 

繋がりと言う名の元に関係性を持続させているだけだ。

 

メリットが無くなる、デメリットが増加する、それが縁の切れ目。

 

 

ビジネスの場合、全て基本的にお金に換算出来るから、

 

利害関係をすぐに理解出来るだけで、人間関係と言う定量的に

 

物事を測ることが難しそうに見えるものについては、理解が出来ていないだけで

 

お互いメリット・デメリットで繋がっている。

 

 

ブログに人間との繋がりっていいなとやたらと書く方を見ていると、

 

この人って人と付き合ったことないだろうなっていつも思う。

 

人と付き合うなんて、はっきり言って面倒くさいのが当たり前だ。

 

お互い気を使ってるうちは害が生まれないが、近づくと言うことは

 

本音が出ると言うことで、本音が出ると言うことがうっとうしくなるのが

 

当たり前だと思うし、それが残念ながら現実だと思う。

 

だって、人なんて個人個人、別の生き物なんだから。

 

 

人とは損得で付き合ってはいけないと昔言われたこともあるし、

 

自分でもそう思ってた時期があったが、そうではない。

 

それでは、本質的な部分に目をそむけることになる。

 

もっと明確に、もっと正確に相手に向き合って、

 

メリット・デメリットをきちんと理解して付き合う方が

 

よっぽど納得が行くし、相手に対してもきちんと評価している

 

ことになるんじゃないだろうか。

 

おいらはそう思うのだ。

 

悪い所をいい所で覆って見えないようにしたり、

 

プラスマイナスでトータル評価するのは非常に良くないことだ。

 

人に対して評価するならば、ダメなところは徹底的にダメ、

 

でも、いい所は物凄く高評価するべきだ。

 

 

そうでないと、本当に相手のいい所を良いと思ってはいない気がする。

 

 

大人の付き合いは、何が良いってガキみたいに、身内みたいに、

 

何でもかんでも本音を出すわけじゃなく、関係性を維持させようとして

 

お互いにメリットを生むように建設的に付き合うことが出来ることだ。

 

例外的に大人同士の付き合いなのに、気を使わずにそのものずばりと言うか、

 

そのまんまで接触してくる人もいるが、そういう人は案外楽だ。

 

メリットがあれば付き合えばいいし、メリットがなければ付き合わなければいい。

 

むしろ、向こうがカード、手の内を全部見せてくれるんだからこっちは選ぶだけ。

 

 

おいらは、友達っていないなって思う反面、繋がっている人はたくさんいると

 

ふと気がついた。

 

その人たちは、個性はあるものの、みな大人だ。

 

自分の考え、好みを明確に認識しながら、お互い気を使い、

 

互いにメリットが生まれるように付き合っていくことが出来る。

 

 

利害関係がない関係性が素晴らしいのではなく、

 

利害関係が明確になっている関係性が素晴らしいと思うのだ。