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毎日を楽しみながら生きるということ

楽しいこと大好き。いつの間にか40代。妻とうさぎと暮らすおっさんの日常を綴ったブログだす。

数学という学問

はてなブログで数学に関する記事を書かれてる方がおり、

 

他にもいろんな方が数学について触れておられたので、

 

いくつか拝見した。

 

数学をやる意義ということに触れておられる方や、

 

数学のある分野のある問題について触れておられる方など

 

さまざまな意見があるように思う。

 

 

おいらはどう思っているかというと、

 

 

数学は見えない世界を記述するのに

 

最もふさわしい学問である。

 

 

 

学問自体、そもそも論で言うと、ある物理現象や、何かの記述、

 

とにかく何かの物事があって、それに対して、

 

何でこうなったんだろう???、とか

 

どうやってこのことは起きているのだろう???、とか

 

頭のいい人が考えた末、

 

 

こう考えたらしっくりくるよ?

 

 

という、考え方を導き出したものだ。

 

そして、数学や物理や化学は世の中の物理現象に

 

直結しているのでわかりやすく、なじみやすい。。。

 

ものなのだ、本当は。

※ただし、学校教育で学ぶ内容から世の中の物理現象が

あ~なってるんだ~などと推測できる人は、ほぼいないが。

学校の勉強をもっと面白いものとして教える人がいれば

勉強すること自体、自分の興味をより深く掘り下げる作業なので

非常に楽しくなるのだが、まあ知的好奇心がない人には

無縁の話かも。

 

 

ここで、数式と数学の違いについて触れてみようと思う。

 

まあ、触れてもすぐに終わってしまう話題だけどw

 

数学は学問であり、数式は言語である。。。と思う。

 

数学という学問を発展させる上で用いる言語が数式なのだ。

 

ここで数式が素晴らしいというか、気に入った理由の1つに

 

明瞭簡潔という言葉がぴったり当てはまる。

 

なぜならば、イコール(=)を挟んで両辺を記述するだけで、

 

ある2つの事柄の関係性を余計なことを言うことなく、

 

説明することが出来るからだ。

 

あ~だ、う~だ、と余計なことを言わない実にシンプル。

 

単純系。。。シンプルイズベストである。

 

 

物事を説明する上でどうしても必要になるのは、

 

言語、言葉だ。

 

人種間で声と言う媒体を用いて意思疎通を図る場合、

 

日本語、英語、フランス語、ドイツ語・・・などの

 

さまざまな言語を用いて情報交換を行う。

 

数式もまさに同じことなのだ。

 

プログラム言語もまさに全く同じこと。

 

だから、大事なことは、

 

 

何語で話すのではなく、

何を話すのか?

 

数学の論理の証明式も頭の良い人と物凄く頭の良い人では、

 

証明に用いる数式の量が違う(らしい)。

 

物凄く頭の良い人は短い数式で明瞭簡潔な証明を行う。

 

これは、当たり前でいわゆる会話での説明でも、

 

頭に言い人の説明には無駄がない。

 

逆に頭の悪い人はグダグダ何を話しているのか、

 

わけがわからない。

 

全ては頭の中で組み立てられる論理展開に基づく。

 

 

話を数学に戻すと、数学は微視的・巨視的な世界観を

 

現すことが出来る。

 

つまり、おいらの非常に興味がある、宇宙と深海。

 

高い所が嫌いなので実際に行く気には全くならないが、

 

世界観としては、海の底から宇宙の果てまで

 

どうやって作られたのか、今現在も作られていて、

 

どうなっていくのか。。。

 

 

非常に興味深い。

 

理論物理学者には逆立ちしてもなれないなって思うのは、

 

彼らは頭の中で見えない宇宙を描いていて、

 

きっと見えているんだと思う。

 

まさに、天才だ。