毎日を楽しみながら生きるということ

楽しいこと大好き。いつの間にか40代。妻とうさぎと暮らすおっさんの日常を綴ったブログだす。

問い詰められると無罪なのに自白するのはなぜか?

仕事柄、ヒトの身体や生体機能について

 

触れる機会が多い。

 

普通の人で、よっぽど記憶力に優れている以外は、

 

普段の生活の中での自分以外の人とのやり取りを

 

本当に正確に記憶している者は皆無とは言わないが、

 

ほとんどいないのではなかろうか。

 

そもそも、人とのやり取りを正確に記憶しようと

 

していないのが普通だと思う。

 

誰といつ、どんな言葉を使ってどんなやり取りをしたのか。

 

おいらは普段当たり前のようにやり取りを意識して記憶しているので

 

すぐに思い出すことも、認識することも出来るのだが、

 

意識していない会話では、○○について・・・

 

聞かれた瞬間にそれを思い出そうとして、

 

明確な記憶がたどれないにも関わらずたどろうとする。

 

 

そこではっきりと

 

「○○については記憶がない」

 

 

認識出来れば問題ないのだが、

 

「ひょっとしたら、

△△だったかも・・・」とか、

 

 

誰かに、

 

「□□に違いない!」と言われると、

 

 

そうかもしれない・・・

 

と思うのが心情であり、これが実は新しい記憶になってしまう。

 

何度も何度も、そうかもしれない・・・と思ってしまうと

 

あたかもこれが現実に合ったことかのように錯覚してしまう。

 

人間とは錯覚する生き物なのだ。

 

 

だから、自白を強要されて無実なのに罪を認めてしまうことが

 

起こりえるのだ。