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毎日を楽しみながら生きるということ

楽しいこと大好き。いつの間にか40代。妻とうさぎと暮らすおっさんの日常を綴ったブログだす。

優秀な人とは・・・

子供であろうが、大人であろうが、

 

優秀かどうかを周りから判断される場面に

 

遭遇することは、人生で少なくはないだろう。

 

 

でも、優秀だと判断された時、また優秀でないと判断された時、

 

それは単なる評価基準によるかもしれない。

 

 

 

1つ前の記事で次元について触れた。

 

次元は異訳になるかもしれないが、

 

情報や世界観とみなして考えてみる。

 

 

子供の時は、基本的に勉強やスポーツに励むことが

 

課せられた義務となる。

 

つまり、基本的に同時多発的にいろいろ処理することはなく、

 

特定な何かを向きあうことが必要で、

 

ひたすらに打ち込むことになる。

 

自分を取り巻く環境(いわゆる同級生)も

 

ほぼ似たようなレベル(年齢、境遇等々)。

 

つまり、低次元での枠組みで一生懸命生きるのが

 

子供時代じゃないかと思う。

 

仮に、勉強において打ち込むことが出来、さらに結果として

 

開花できればいわゆるレベルの高い学校にめでたく入学だ。

 

レベルの高い学校に入学できる頭脳を持っているということは、

 

この段階で1つの次元(勉強)については処理能力が高い頭脳を

 

有するということになる。

 

10代の受験というやつでレベルの高い学校に入学すると

 

子供時代(未成年)に、「優秀」という評価を得ることになる。

 

  

ここで大人(成人)になってからの能力、仕事や家庭での動きで

 

考えてみる。

 

しかし、大人になるにつれ、情報は子供~学生時代のように

 

教科書や学校、親等から求めればすぐに得られるものではなく、

 

いろいろな人との関わりによって得る必要性が増えてくる。

 

また、学生時代までは自分の頭の中だけで、

 

処理して判断したことが結果になり、それだけで結果が決まるが、

 

仕事になってきた場合、自分以外の周りとの関わりを維持しながら

 

進めていかなければならないことのほうがほとんどだ。

※若くして起業した方は除く。いわゆる勤め人だ。

 

もし、学生時代に優秀という評価を得た人間が、

 

大人になる過程で勉強以外の次元に積極的に関わることなく、

 

過ごした場合、特に人との関わりについて消極的だった場合、

 

大人になるとどうなるか。。。

 

応用が利かない、視野の狭い、お勉強は出来るかも知れないが

 

優秀との評価には程遠い人になってしまうかもしれない。

 

人間は基本的に全て脳機能で支配されている。

 

脳機能を処理能力と言い換えた場合、お勉強が出来ていた人は

 

少なくとも元々のポテンシャルは高い。

 

パソコンで言えば、CPUの処理速度が速い。

 

しかし、その処理能力を勉強という1つの次元だけで使ってた場合、

 

大人の世界の同時多発的にいろいろなことに向き合わざるを得ない、

 

また、いろんな人と関わらなければならないようになると

 

全くもって本来持っている処理能力を使うことが出来ない。

 

優秀か優秀でないか、少なくとも優秀と考えられるパフォーマンスが

 

あるにも関わらず、発揮できないから優秀でなくなる。

 

 

逆に、お勉強はあまり出来なかったが、とにかくいろんなことに興味があって、

 

いろんなことに手を出して、いろいろ失敗し続けた人がいるとする。

 

そういう人は、子供時代はあまり優秀という評価は受けない。

 

しかし、大人になってから化ける可能性がある。

 

なぜなら、ガキの頃から高次元での処理を行っているからだ。

 

大人になってくると処理速度が上がってくる。

 

高次元での同時多発的な一定時間で終わらせなければならないような

 

出来事に対する対応、判断が群を抜いて際立つ。

 

学歴はなくとも経営ということではピカイチの方は多分、頭の中を

 

ガキの頃から同時多発的に高次元で処理してきたんだと思う。

 

ただし、1つ1つの次元の完成度はひょっとすると低次元に

 

ひたすら取り組んできた人と比較すると足元にも及ばないかもしれない。

 

 

つまりだ、1つのことでも何か成し遂げてきた人、

 

1つのことに集中するのは苦手だが同時多発的にいろいろ取り組んできた人は

 

自分の身の置き方次第で、優秀にも優秀でないにも評価が変わってしまう。

 

前者の方がいろいろやらなければならない会社に入社すればパンクするが、

 

大手企業で何かに特化したスペシャリストになる業務に就いたら

 

凄いことを成し遂げるかもしれない。

 

後者の方が、大手企業に入って1つのことに集中するとなったら、

 

おそらく飽きてしまって何も出来ないかもしれないが、

 

同時多発的にいろいろやらなきゃならない環境ならば

 

まさに水を得た魚になるかもしれん。

 

 

人生、いろいろあるけれど自分に合う水を探すということも

 

自分の能力の1つ。

 

そのためには自分はどんな人なのかわかっている必要がある。

 

それをガキの頃から、思考錯誤でし続けて、大人になって

 

自分の進みたい道がわかった人は、ひょっとすると

 

幸せと言う意味がわかるのかもしれない。

 

 

おいらは、遅かったが自分がわかり、自分が合う水を探し当て、

 

常にもっと自分に合う環境を作るためにいろいろ試行錯誤している。

 

だから、毎日を楽しみながら生きていられる。

 

そう思うのだ。

 

悩みは尽きない。多分、死ぬ瞬間までなんだろうなと思う。