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毎日を楽しみながら生きるということ

楽しいこと大好き。いつの間にか40代。妻とうさぎと暮らすおっさんの日常を綴ったブログだす。

論理的に考えるという矛盾と楽しさ

おいらは自称、理論家だ。

 

筋道立てて物事を考えるのが趣味というか、好き。

 

だけど、矛盾だらけも好きなのだ。

 

わけがわからないように見えるが、

 

考えれば考えるほど、理論・論理なんて絶対じゃないし、

 

むしろ、正しいとも間違っているとも証明が

 

出来ないものなのだ。

 

 

どういうことかというと・・・

 

そもそも、理論・論理は何かの現象を説明しようとした時に

 

作った、あたかも矛盾がないような筋道(ストーリー)である。

 

しかも、必ず(無理やり)、「こういうもんだ」というこじつけ

 

受け入れないと先に進まないのだ(乱暴な言い方かもしれないが)。

 

 

一般的に知られている、論理学の問題。

 

「A=B、B=C ならば、 A=C である」

 

これは、論理学では結構有名なお題だ。

 

確かに、AとBが同じで、また、BとCもまた同じならば、

 

AとCは同じである。

 

よーくわかるし、何の矛盾もないように見えるのだが・・・

 

 

観点を変えると非常におかしい。

 

AとBという本来は異なるはずの2つが存在するならば、

 

A≠Bでないとおかしい。それは、BとCでも同じことで

 

B≠Cである。

 

つまり、A≠Bなのだから、A=Bにはならないはずだ。

 

それは、BとCも同じ。

 

つまり、その関係性を無理やりAとBは同じなのだとこじつけて、

 

それを受け入れることで、A=Bとしている。

 

BとCも同じく、B=C。

 

しかし、これは言いかえると、AとBが同じならば、

 

A=Aと言っていることと同じ。

 

BとCの関係もまた、BがAになってしまい、

 

AとCが同じならば、A=Aと言うことになる。

 

 

つまりは、A=A=A ということになる。

 

 

なんだ、これ???

 

 

 

だから、理論、論理とは一見、矛盾がないように見えるが

 

矛盾だらけというか、それ自体が正しいかどうかを

 

証明することが出来ないのだ。

 

 

実は、この考え方って非常に大切で、

 

論理的に証明できないからダメだ、とか

 

意味ないじゃんでなく、論理的に導き出された答えでないと

 

正解とは言わないような考え方が一般的には知られているけど、

 

全くそうではないということになる。

 

 

こういうこと考えていくと、宇宙ってなんだろうとか、

 

人間って何だろうとか、生きるってなんだろうとか、

 

人生の勝ち組とか負け組とか、人生の失敗とか、

 

いわゆる「正しいこと」「当たり前のこと」という

 

絶対的な価値観がどうでも良くなるのだ。

 

どうでもいいというより、それに縛られなくて

 

良いことに気がつくのだ。

 

正解のない疑問をすんなり受け入れることが出来る。

 

人生なんて疑問だらけで死ぬまで葛藤し続けるんじゃないかな。

 

絶対に正しいことも、間違っていることも基本的にはない。

 

観点次第で、善も悪も、白も黒も存在する。

 

絶対的な物差しで生きていこうとすると苦しいが、

 

矛盾をすんなり受け入れられると人生って楽しくなるのだ。